Diary For Paranoid @ hatena

思いつくまま書くブログ。最近は窪田正孝出演作品感想に特化してます(笑)。

雲間よりもれいづる思いや「雲隠」

 きっかけは『TWIN SIGNAL ツインシグナル』(大清水さち著 エニックススクウェア・エニックス刊)でした。
 たしか、『最遊記』のコミックにハマり、続きが気になって「月刊Gファンタジー」を購読。同誌に連載中だった『TWIN SIGNAL』に興味をもち、コミック・小説を揃え、さらに情報がほしくてネットの海に漂い出たのだと思います。「月刊少年ガンガン」は買った覚えがないので。

 興味をもった作品をネットで検索したのは、『TWIN SIGNAL』が初めて。まずは男性が管理人らしい、作品の世界観や、登場するヒューマンフォームロボット(HFR)の性能や性格、物語における位置的なところを分析した研究サイトのようなところをうろついていました。そこから、キャラクター紹介やストーリーの感想が書かれているサイトを辿るうちに、『TWIN SIGNAL』の二次小説を書いているサイトに行き当たったんですね。そこにあった小説がかなり鬱な展開ながら長編で読み応えのあるもので、「こういうのがあるのか。もっといろいろ読んでみたい」と思いました。そのサイトのリンクページから特にオラトリオとオラクルの二次小説のあるサイトを探るうちに、「そのサイト」に行き着いたのです。


 そのサイトで最初に読んだのは、なんだったかなあ。印象に残っているのは「掌編なのに読み応えがある」ということと、「隠しエンター多すぎ! なんて入りにくいサイトだろう」ということでした。でも、相当気に入ったんでしょうね。パスワードを入れないと行き着けないページの作品を読みたくて、わざわざパスワード請求のメールを送ったうえに、生まれて初めてネット通販で同人誌も購入したのですから。
 殊に同人誌の長編を読んで、「ああ、私が好きなタイプの作品を書く書き手さんだ」と思いました。多元的に物語を進められる構成力。私の知らない知識がほのめかされる、好奇心を誘う奥行きの深さ。キャラクターに溺れずに、また直裁的な形容は使わずに、彼らそれぞれの言動からその魅力を読者に感じさせることのできる計算力と筆力。書きすぎず、しかし物語やシーンがわかる程度には書き込まれた、描写のバランス感覚。会話と地文の読みやすいリズム感。なにもかもが「この人は書き慣れている。また、キャラクター萌えの延長線上にあるステレオタイプな話を書く人ではなく、ストーリーテラーである」と告げていました。
 ただ、まあ、イベントなどに合わせた締め切りギリギリで書き飛ばすからでしょう。変換ミスを含む誤字と言葉の誤用が多くて、いい気分で読んでいても、そこで興が削がれてしまうのがあまりにも惜しい。ぶっちゃけ、盛り上がった緊張感をバッキリ折り倒してくれる誤字誤用に、読んでいてイラッとくる。という理由で、「校正しましょうか」と申し出たのが、その方とのおつき合いの始まりでした。

 のちに聞けば、私に校正を任せることをかなり迷われたそうです。「やはり私には大切な作品。見ず知らずの方に送ってしまっていいのかと思いました」。そうでしょうね。その方にとっては、「そんなことを言いだすあなたは、どこのナニサマ」状態でしたでしょうから。
 ともあれ、そういう次第で私は、イラスト担当の方を除けば、おそらくその方の長編作品を最初に読める読者になったのです。


 その後、ある出版社から「歴史をテーマにしたライトノベルのレーベル」を立ち上げたいという企画が、私が所属する事務所に持ち込まれました。男性向けの歴史小説を扱っている編集部がライトノベルボーイズラブ小説の流行に目をつけ、自分たちが監修できる範囲(歴史)で、女性向けにそれっぽい雰囲気のある作品を集めたいということだったのです。書き手もカバーや挿し絵の描き手も当てがないとの話で、さらに「こういう感じにしたい」と渡された見本がムニャムニャなものでしたので、「同人で活動されているのですが、しっかりした物語を書く方がいらっしゃいます。声がけして、都合が合えばプロットを考えていただきましょうか」ということになりました。
 まあ、そこから一転二転三転して、どんどんボーイズラブ色が求められるようになったわけですが……。結局、発行された「歴史ライトノベルボーイズラブ小説」は2冊だけ(第1回・第2回配本分)。第3回配本からは、歴史など関係ない普通のボーイズラブ小説のレーベルになってしまいました。


 その企画段階で、声がけをした書き手さんは5人。まず、読者代表となる編集(私)が読むのにしんどくならない程度の筆力があること。そして、ある時代、あるいは歴史的に有名な人物のだれかについて詳しくて書きたい物語がある、または調べて物語に昇華できるまでの創造力があること。物語のテーマに、わかりやすく、かつその書き手さんらしいユニークな事柄を据えることができること。読者が求める「萌え」がわかること。これらが、そのとき私が考えた選考条件でした。
 その方に声をかけたとき、私が期待したのは「調べて物語に昇華できる」「ユニークなテーマ」「伏線を張り、最後にきれいに畳むことで、読者に快感を与える構成力」。企画が通って実際に書きはじめたとき、きっとその力は大いに発揮されただろうと信じています。

 しかし、思いもかけないことに、その前段階のプロット作成で大きくつまづいてしまったのです。少女向け小説で大切なのは、読者がキャラクターの容姿を容易に想像できること。その大いなる一助となるために、わざわざカバーイラストや挿し絵がふんだんについているくらいですからね。プロットにおいても、まだ海のものとも山のものともわからない作品の魅力を端的に出版決定権をもつ出版社の担当諸氏に伝えるのに、キャラクターの造形は大きなポイントになります。
 ところが、その方は「キャラクターの容姿が思いつかない」とおっしゃる。私は、自分が物語を考えるとき、自然に登場人物のシルエットや背の高さ、髪や瞳の色から鼻や唇の形、手指の感じ、立ち居振る舞いなどを映像で思い浮かべてしまうので、キャラクターの造形を「見る」ことなしに物語を考えられる方がいるとは、まさに想定外でした。
 それが、既存のキャラクターありきの二次小説を長く書かれていたからなのか、あるいは愛読書にドキュメンタリーテイストの作品が多くて、「登場人物の個性は言動で描写できる」という書き方の勘のようなものが固くでき上がっていたからなのか、理由はわかりません。私にパロディ脳がないのと同じく、単にその方にはキャラクター造形は思考外ということだったのかもしれません。
 「本編では書かなくてもいいので、とりあえず容姿をつくってください。プロットの第二段階では、イラストレーターさんに人物ラフも描いていただかなくてはならないんですから」と、そういったやりとりを何度交わしたことでしょう。

 あのとき、多い方は2つ、3つとプロットを練ってくださいました。個々について、失礼ながらさまざまに注文をつけ、何度も修正をお願いしました。しかし、その方のたったひとつのプロットにいちばん手がかかったことは、今までご本人にも言わなかった秘密です。キャラクター造形とボーイズラブ的な「絡み」の部分(こちらは織り込み済み)にどれだけ時間を費やしたことか。残念ながら、できあがったプロットは小説というかたちにはなりませんでしたが、その方と私の共同作業のようになったそれは、私には教訓を秘めた「未完の作品」です。


 蛇足ながら、10のプロットは、そのうちひとつだけが小説になりました。しかし、それは企画の方向性が途中で変わったから。どれも、私にとって今でも読みたい作品であることに変わりはありません。もうひとりのジャック・ザ・リッパーのお話、絡繰りと源義経のお話、北条氏の主従のお話、堺の旦那と花火のお話……。
 非力にして私ではモノにすることができなかったうえに、もはや小説編集からも遠ざかりましたが、いつかどなたかがあのプロットから小説を書かれて、世に問うてくださらないかと思っています。


 さて、専属校正から仕事未満の担当編集になり、やがてその方の同人活動のジャンル変更に伴い、作品にまつわる関係はなくなりました。そんな変化のなかでも、プライベートで福井や熱海、湯河原に旅行に行きましたね。その方を中心に交流が広がり、今もおつき合いいただいている方がたがいます。大切にしていきたい、私の財産になっています。


 こんなふうに、名前を思うだけで、次から次からいろいろな情景を思い出すことができます。なかでも、コミケでスペースを訪ねたとき、私を見つけて笑いかけてくれたあなたと、ワインに酔ってほんのり頬を紅く染めているあなたを忘れることはないでしょう。あなたとつくった平安陰陽師のプロットは、心残りのこもる遺産です。


 最後に言った「またね」という言葉はウソではありませんよ。いつか、また会いましょう。そのときには、『FORCE ODYSSEY』の最終巻の校正をさせてください。『TWIN SIGNAL』では「未完の大王」の名を返上しましょう。


 2009年1月3日、午前3時30分。この世ではもう会うことのない、あなたへ。