Diary For Paranoid @ hatena

思いつくまま書くブログ。最近は窪田正孝出演作品感想に特化してます(笑)。

御坂峠・身延山日帰り旅行 その1 月見草、ひとり立つものの矜持

 そのものズバリの『富嶽百景』という作品がありながら、私のなかで太宰治と富士山が結びつかないのは、太宰がその著書に「実際の富士は、鈍角も鈍角、のろくさと拡がり、東西、百二十四度、南北は百十七度、決して、秀抜の、すらと高い山ではない。」などと書いているからだと思います。好きなものをけなされると、記憶から消したくなるじゃないですか(笑)。
 いや、それ以前に、『富嶽百景』を読んだ学生時代、私は富士山の実際を知らず、太宰の文章を読んでも想像できず、曖昧模糊としたイメージしかもたなかったので結びついてなかったのかもしれません。



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現在の建物は、太宰治が滞在した「天下茶屋」から三代目
(写真は画像クリックで少し大きくなります)。


 河口湖を見下ろす御坂峠(みさかとうげ)に、「天下茶屋」という1934(昭和9)年創業の古いお茶屋さんがあります。1938(昭和13)年9月13日、29歳の太宰治はこの天下茶屋に逗留中の井伏鱒二を訪ねました。それから11月15日までここに滞在します。
 御坂峠から見る富士山は「富士三景のひとつ」に数えられていますが、太宰は感銘を受けなかったようで、「まんなかに富士があつて、その下に河口湖が白く寒々とひろがり、近景の山々がその両袖にひつそり蹲つて湖を抱きかかへるやうにしてゐる。私は、ひとめ見て、狼狽し、顔を赤らめた。これは、まるで、風呂屋のペンキ画だ。芝居の書割だ。どうにも註文どほりの景色で、私は、恥づかしくてならなかつた。」(『富嶽百景』より引用)などなど、さんざん酷評しています。
 ただ、悪口ばかりでもなく、ときには頼もしい存在として、ときには神秘的な存在として、短い文章のなかで太宰は富士山を活写していきます。見る者の気持ち次第でその姿がまざまざと変化するありさまは、さすが文豪の筆致です。
 今、『富嶽百景』を読み直してみると、私が思う富士山に相通じるところもあって、太宰治という作家を少し身近に感じたりします。


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太宰酷評の「天下茶屋から望む富士山」。眼下に河口湖。


 「富士には、月見草がよく似合ふ。」(『富嶽百景』より引用)。
 この一文も、3776メートルの富士山に対峙して、黄金色に鮮やかに健気に咲く月見草を讃えたもの。如何ともしがたい、のしかかってくるような現実を富士山に見たて、それを前にしても揺るぎなくすっくと立つ月見草に我が身の理想(ユメ)を重ねたものでしょうか。


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天下茶屋の2階には、太宰が過ごした当時の
部屋が復元されている。


 知り合いの方の車で天下茶屋を訪れ、縁側に出された座卓に座りました。「富士三景のひとつ」が眼前です。私が想像していた天下茶屋は平らな山頂に大きな木造の建物がぽつんとある風情だったのですが、実際は山肌をすぐ背後に、峠の道端の際際に立つ細長い建物でした。
 名物の春菊たっぷりの「天下茶屋ほうとう鍋」と「太宰風日本酒」(地酒を太宰が好んだスタイルで出してくれる。ぬる燗)、「いもだんご」(いわゆる「じゃがバタ」なだんご。ボリュームあり)と「オリジナルコーヒー」を注文。やっぱり「ほうとう」、美味なんですが……。三度目の正直でおいしいのだから、「ほうとう」はおいしい料理なんですよ。間違いない! 「いもだんご」も、バターのほどよい塩味とさくさくほくほく感がたまりません。地酒もコーヒーも、味わいに豊かさとほのかな甘みがあって旨いよ! 昔風の茶屋のつくりからは意外なほど、洗練された味にびっくりです。


 そのあと、河口湖経由で本栖湖へ行きました。しかしながら、移動するうちにシャイな富士山は雲の向こうに隠れてしまい、先日のような景色は見られず。まさに「一期一会」の真意を思わせます。


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本栖湖畔の「千円札の富士山のビューポイント」から。
肝心の富士山のみ、雲に隠れて見えません。


 いつも目にできるものではなく、たまにしか目にかかることなく、さらに心にぐっと入り込むような姿を見られる機会はまことに極少。だからこそ、想う心は深くなると思うのです。いつも見られるものならば、きっと富士山に託してもの想うこともないでしょう。


 ひとりのときが多いからこそ、ときに人が恋しくなる。常に人と接していれば、互いに慣れて遠慮がなくなることがただただ苦痛になるばかり。なんとなく太宰が求めた「ひとり」の暮らしを、現代に生きる私はうまく手に入れているのかもしれないと、時代に感謝する小旅行でもありました。
 ドライブにお誘いくださったうえに、すばらしい景色とおいしい料理までごちそうになり、感激至極。思いがけず来し方を考える機会もいただいて、ありがとうございました。


YAHOO!グルメ「天下茶屋」ページ
http://gourmet.yahoo.co.jp/0004456115/

「御坂峠 天下茶屋」サイト
http://www.d2.dion.ne.jp/~t_chaya/