Diary For Paranoid @ hatena

思いつくまま書くブログ。最近は窪田正孝出演作品感想に特化してます(笑)。

「ブクログ」で本棚つくってみました!

 ふと思いついて、「ブクログ」を借りてみました。このblogと「仕事サイト」のblogのサイドに設置しています(借りた本棚はひとつですので、中身は同じ)。
 これから読む本を入れていこうと思ったのですが(読み始めた日と読了日の記録になるし)、ふと「これまで読んできたなかで、私の考え方や感じ方に影響を与えたとか、なにかしらの方向性を開いたとか、そんな本を並べて俯瞰してみたらどうかな」と思い立ちました。そんなわけで、『日本美術史』と『PLUTO』8巻以外はかなり以前に読了した本です。


 俯瞰するのが目的ですので、書影のない本ははぶきました。筒井百々子の『空の上のアレン』『ものまね鳥シンフォニー』『たんぽぽクレーター』『火星に捧げるデュエット』がないのは、書影がないからです。ほかにも、速星七生の『たいした問題じゃない』『ナナオの症候群(名探偵テームズ)』とかね。
 洋書が混じっているのは、翻訳版に書影がなかったものです。原書で読んだりしてませんとも(笑)。それでも見つからなかったのが、ポーラ・ゴズリングの『負け犬のブルース』『逃げるアヒル』とジャック・ストライカー警部補シリーズ。マット・ガブリエル保安官シリーズこと「ブラックウォーターベイ」シリーズはけっこうあるのに、なぜなんだぜ。『モンキーパズル』や『殺意のバックラッシュ』が私的本命なのに……。仕方がないからストライカー警部補とガブリエル保安官が共演する 『ブラックウォーター湾の殺人』を入れておいたわ。ふふん。
 ネロ・ウルフシリーズやレスター・リースシリーズも欲しい書影がないんですよね。そんなにマイナーなのか。うーん。


 なかには私が読んだときとは装幀が変わっている本もあって、顕著なのが、単行本で読んだマンガがマンガ文庫になっているパターンですね。あと、萩尾望都作品のように全集ものになっていたり。
 驚いたのは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』。持っているのは角川文庫版なのですが、表紙がまったく違う。っていうか、なぜに松山ケンイチ……。今夏の期間限定カバーだそうですが、おもしろいので入れておく。


 見渡してみると、圧倒的に16〜20代で読んだ本が多いです。翻訳ものはほとんどそうですし、萩尾望都の一連の作品、『はみだしっ子』『星の時計のLiddell』(『空の色に似ている』も)『シメール』「ヴァレンチーノ」シリーズあたりもそうですね。『イティハーサ』と『EXIT』は読み始めたのが20代でした(『EXIT』は今年で初登場からちょうど20年経ちますが、まだ完結していません。ええ、もう一生ついていきますとも(笑))。


 「読んだ本から影響を受ける」というのは、若いころの特権だと思います。さすがに30代ともなると、自分に足りないことや自分とは違う考え方が書いてあると、心のなかで言いわけしながら読んじゃう(笑)。「そうですね。あなたと私は違いますからね」なんてね……。素直に影響されるということがなくなります。
 40代に至ってはなにをか言わんや。眼鏡をかけるのが面倒で、まず電車内での読書をしなくなります。また、読んでいる途中で二、三日ほど間が空くと以前に読んだことを忘れるので、数ページ戻って読み直し。三歩進んで二歩下がる有様で、いつまでたっても読了できません。さらに、自分に合わない文体、言葉づかいは、もはや我慢して読み続けることができません。
 「定年退職して時間ができたら、ゆっくり読書ができる」なんて幻想です。読めるときに読む。それが若いうちなら、なおのこといい。ほんと、そう思います。


 「感動」もずいぶん変わりました。昔、エラリー・クイーンを読んだときは、エラリーが父親のリチャード警視やジューナと暮らす褐色砂岩の建物ってどんなものだろう、「遠くの稲妻が夜空を引き裂いて、エンパイア・ステイト・ビルを照らし出す」ってどういう光景だろうと思いました。知らないから、「なんだかすごい」とそれだけで感動できたような気がします。でも今では、褐色砂岩の建物がどんなものかはもちろん、あの碁盤の目のようなマンハッタンのさまざまな角度からの風景だって知っています。同じ文章を読んでも、「ふんふん」と読み流すところになってしまいました。
 外国に限りません。実家にいたころは想像するしかなかった東京に、現在、住んでいたりしますから。「東京タワーのたもとの芝増上寺」とか、「浅草仲見世から隅田川にかかる吾妻橋」とか、「深大寺なんじゃもんじゃの木」とか、小説などに書かれた当時の風景とは違っていても、地理や空気は充分にわかります。

 想像だけで読む世界と、知識を下敷きに読む世界と。それは、同じ作品でも、まったく違う読後感になります。感動するところが変わってくると申しましょうか。ピュアな読み方というのができなくなった今は、あのころの「知らないことにも感動できる」という心のやわらかさが貴重ななにかだったように感じます。


 さて、「ブクログ」に収めた本については、おいおいコメント欄を埋めていこうと考えています。まあ、そのあたりは9月以降のことですね。

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