Diary For Paranoid @ hatena

思いつくまま書くブログ。最近は窪田正孝出演作品感想に特化してます(笑)。

ファンタジーとサイエンス・フィクションの中間点

 23日の「日記」で、たいへんな方を忘れていました。レイ・ブラッドベリ1920年生まれで、現在も創作活動を続けていらっしゃるようです。ほっとしつつも、そのバイタリティに感服。彼より半世紀近く若いのですから、負けてはおれませんね!
 『華氏451度』『火星年代記』『何かが道をやってくる』『たんぽぽのお酒』といった長編も、『ウは宇宙船のウ』『十月はたそがれの国』などの短編集も好きでした。
 ブラッドベリの作品には、それがSFであれ、幻想文学であれ、アメリカ北東部の古き良き時代の息吹を感じます。ハロウィンや魔女伝説など、アイルランドや英国、ドイツ、オランダなどから移民たちがもたらした「森と霧の文化」が色濃く残る地域。イリノイ州出身のブラッドベリの作品に描かれた不思議や恐怖には、大草原の干し草の香りとヨーロッパ的な情趣の絶妙なミクスチャーを感じて浸ってしまいます。……とはいえ、今は遠き学生時代の話ですが。
 カリフォルニアやテキサス、フロリダ、ニューヨークなどの映像から受けるパワフルなアメリカとは違った、やわらかな日の光のあたたかさとしっとりとした霧に包まれた「もうひとつのアメリカ」の顔を、ブラッドベリの作品から知ることができると思います。

 萩尾望都が「ウは宇宙船のウ」などのブラッドベリの短編を何本かマンガ化していますし(『ウは宇宙船のウ』/小学館文庫)、筒井百々子の「たんぽぽクレーター」シリーズや、内田善美の作品にも影響を感じます。篠崎佳久子の『カミニート』も、ちらっと香りがあったりして好きですね。


 ブラッドベリが描いた不思議や恐怖の根底にあるものはファンタジックかつノスタルジックで、子どものころの思い出のように壊したくない美しいもの、やさしいものを守っているようなイメージがあります。
 それに「えぐみ」を加えたのが、トム・リーミイの『沈黙の声』でしょうか。以下は簡単なあらすじです。
 夏のある日、カンザス州の田舎町に「フリークショー」がやってきました。娯楽の少ない町は、その噂でもちきりです。小人や半獣人「ミノタウロス」、ヘビ女など、神話伝説に生きる者たちを見せ物にしたショーのトリを飾るのは、空中を自在に浮遊する、白い髪に白い肌、赤い瞳の少年「天使(エンジェル)」。姉とふたりでショーを観ていた少女エヴィは、エンジェルに心惹かれます。しかし彼は、ショーの団長である「魔術師」ハーヴァーストックの「力」の源であり、その「力」を搾取されるために生かされ、愛される存在だったのです。
 数日後、ミノタウルスの起こした婦女暴行殺害事件で「フリークショー」は崩壊。ほかのメンバーの手引きでハーヴァーストックのもとから逃げ出し、行き倒れたエンジェルを助けたのはエヴィでした。エヴィは彼をかくまいますが、それはハーヴァーストックとエンジェルとの死闘に巻き込まれることを意味していました。

 エンジェルはアルビノ(先天性色素欠乏症)で、生まれつき声帯がないために声をもちませんが、音波を操る超能力者です。自分を守ろうと必死のエヴィに感謝の気持ちを伝えたいと願った彼は、彼女の鼓膜を音波で震わせることで、意思の疎通に成功します。これが、それまで自分の意志で力を操ったことのなかったエンジェルの、超能力者としての目覚めの一歩となります。
 ハーヴァーストックは、たしか空気をはじめとする四大エレメンツを操り、その強力さ故に「魔術師」と呼ばれているという設定だったような気がします(うろ覚え。エンジェルについての記憶との差は、イコール私の愛の差。今、手元に本がないんですよ)。
 
 平和な共同体にストレンジャーが入り込むことで起こる波紋の描写は、物語のオーソドックスな題材のひとつ。『沈黙の声』もそのなかの一作品ですが、見渡すかぎり小麦とトウモロコシの畑しかない小さな町が、ひと晩で魔女狩りのようなパニックに陥るさまは、読んでいて恐いくらい。夏の日射しに黄金色に輝いていた大地が、見る見る黒い雷雲に覆われていくようなスピード感と迫力がありました。
 リーミイの作品は『沈黙の声』しか知りませんが、読み返すたびにブラッドベリ的な叙情を感じます。ファンタジーサイエンス・フィクションの中間点、みたいなところも似ているでしょうか。
 
 中山星香によってマンガ化されました。でも文字読みで想像するほうが、恐さもえぐみも倍増かな。
 翻訳は、タニス・リーの『銀色の恋人』やマイケル・ムアコックのファン(というか、「メルニボネのエルリック」シリーズファン)にはおなじみの井辻朱美。まあ、いろいろと共通項がね。ついでに、ハーヴァーストックとエンジェルの関係も、はっきりとは描かれてませんが、ソレっぽい。このあたりでクスリと笑える方は、ぜひ、お友だちになりましょう!(笑) サンリオ出版と筑摩書房から出版されましたが、たぶん今は絶版です。

 『沈黙の声』を処女作に、短編集『サンディエゴ・ライトフット・スー』を書き、次の長編作品を出版する前に急逝。『沈黙の声』で相当の筆力を見せたリーミイ。生きていらしたら、どれほどの作品を創られたことかと惜しまれます。


<追記>
予定調和的共通項
『銀色の恋人』→オラトリオ兄さん、KAITO兄さん
「メルニボネのエルリック」シリーズ→アルビノ→エンジェル
タニス・リー→ソレ


ウは宇宙船のウ【新版】 (創元SF文庫)

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ウは宇宙船のウ (小学館文庫)

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沈黙の声 (ちくま文庫)

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沈黙の声 (1) (双葉文庫―名作シリーズ)

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銀色の恋人 (ハヤカワ文庫SF)

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闇の公子 (ハヤカワ文庫FT)

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メルニボネの皇子―永遠の戦士エルリック〈1〉 (ハヤカワ文庫SF)

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