Diary For Paranoid @ hatena

思いつくまま書くブログ。最近は窪田正孝出演作品感想に特化してます(笑)。

Panta Rhei

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 オイルサーディンのワイン煮、後日譚。
 あれから2日ほど経って、お風呂に浸かっているときに、ふと、オイルサーディンのワイン煮にトマトを入れて、レモンの搾り汁をかけて、大葉の千切りを香りづけにしたらどうだろうと思い立ちました。
 いつもだったら思いついても実行しないのですが、このたびはどういうわけか、「つくるんだ!」「食べるんだ!」と、我ながら驚きの熱の入りようです。


 昨日、フジカラーフォトサービスでつくった写真入り年賀状を受け取りに出たついでにスーパーに寄り、ニッスイのオイルサーディン缶1個と大きめのトマト1個、大葉5枚入りパック、レモン2個(1個で充分すぎるのですが、2個入りパックしかなかった)を購入しました。
 自宅に戻って、雪平鍋を用意。オイルサーディン缶を開けると、3〜4cmほどの小さなイワシが14尾入っています。MONOPRIXのものは7cmくらいのイワシが3尾だったので、その違いにびっくり。国によるのか、メーカーによるのか、季節によるのかはわかりませんが……。食べでは大きいほうがありそうですが、煮物にするには小さいほうが味がよく回る気がします。
 小さくザク切りにしたトマト1個分とイワシ14尾を雪平鍋に投入。缶の油は捨てます。先日残った赤ワインを全部入れ(約100cc)、弱火で煮ます。塩・コショウを適当に振りかけ、イワシをつぶさないように混ぜ混ぜ。塩・コショウは3回に分けて足しました。最終的には、塩・コショウ共に小さじ1/2くらい入れたかな。今回はトマトの甘みがあるので、塩は隠し味程度、コショウを強めに。
 20分ほどトロ火で煮て、トマトの形がなくなり、ワインの水分が煮詰まったらできあがり。簡単簡単。オードブル的に見映えのよい量を皿に取って、レモン1/4個分の果汁をたっぷり搾りかけます。その上に細く刻んだ大葉を置いてできあがり。
 またこれが「マジで私って天才じゃないのか!?」ってくらいおいしかったのですよ! 先日のただの「オイルサーディンの赤ワイン煮」とは比べものになりません。やはりひと手間かけた分、料理はおいしくなりますね。
 ……というかね、大雑把にしても自分好みの味に調味するんだから、自分の舌においしいものができるのは当たり前という話ですよ。他人様にもおいしいと感じられるかどうかはわかりかねます(笑)。


 この酒肴に合わせるワインは、メドックの赤、Baron de Tillac(メルローカベルネ・ソーヴィニヨン)。醸造年が記されていないのですが、この飲みやすさからして、まだ若いんじゃないかなという感じ。口当たりがいいので、ついつい過ごしてしまいました。


 さて、残ったレモンと大葉2枚をどうするか。
 家庭で男の料理が嫌われるのは、そのときつくりたいものに集中してしまい、残った材料や調味料をどうするかまで考えていないからなんですよね。中途半端に残った食材をどのように使って片づけるか。そうでなくても毎日の献立に頭を悩ませている奥さんに、後始末が丸投げになるのでイヤがられるのです。そんな「男の料理」と同じ事態に陥ってしまい、頭を悩ませています。
 よしながふみの『きのう何食べた?』(講談社/モーニングKC)につい共感を覚えるのは、シロさんこと筧史朗のつくる料理が2、3日で材料を使い切ることを主眼に考えられているから。2巻のセロリの献立には「へええ」と思いました。描かれている料理について「食べてみたい」とまでは思わないのですが、筧が弁護士の仕事と帰宅してからの料理づくりを楽々と楽しげに両立させているのを見ると、「案外、料理ってカンタン!?」と思わされてしまうワナ。
 ひとり暮らしで料理をすると、食材を使い切るのがたいへんなんです。煮物系などは、本気でつくると、2、3日は同じモノを食べ続けるハメになりかねません。それでも、ムダにする食材が出てくるでしょう。さらに料理は苦手で嫌いときてますからね。マ、マンガごときで洗脳されないぞ、されないぞ、されないぞ……。でも、最近、らしくもなくメニューやレシピをもややんと考えてしまうのは、このマンガの影響が少なからずあると思うんですよ。なんか負けた気分。
 閑話休題。いざとなれば、オイルサーディンのトマトな赤ワイン煮をもう一回つくることにしましょう。


 晩酌のトモはNHKの『探検ロマン 世界遺産スペシャル』。イタリアのフィレンツェが舞台でした。なぜフィレンツェが「芸術の都」となったのか。なにがルネサンスの幕開けとなったのか。なかなかに興味深かったです。
 遠近法の始祖、マサッチオのフレスコ画「三位一体」がルネサンスの始まり。記憶にないということは、イタリアを旅行したおり、サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂には行かなかったのか。サンタ・クローチェ聖堂には行ったのに……。残念なことをしたものです。
 そして、フィレンツェのハート(中心)であるサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。この建築は、当時、不可能と言われたのですね。実際にそばに立ってみるとわかりますが、まさに遠近の感覚がおかしくなるほどの巨大さです。よほどの広角レンズを装備していなければ、そのクーポラ(ドーム屋根)から鐘楼の先まで一枚の写真に収めることはできません。
 1296年から140年以上をかけて建設された凝りに凝った壮麗なドゥオーモ(大聖堂)は、その大きさ、世界で4番目を誇ります。番組のなかで言及された、このドゥオーモにかけたフォレンツェ人の「不可能を不可能のままにしておかない」「人間より以上の人間であろうとした」、その意思に強く惹かれました。
 また、メディチ家の傍流の末裔に伝わる家訓「人間は人間の神である」については、キリスト教が席巻していた時代に、聖書の教えと商人としての実際的な考え方が心の中で並立していたことに、人の心の柔軟さと頑迷さを感じました。
 神の教えに反していると苦悩しながら、銀行業(金貸業)でのし上がっていったメディチ家。商いのなかで、芸術に目覚めていったフィレンツェの商人たち。神を敬いつつ、神を人に近いものとしてその姿を描いたルネサンスの芸術家たち。しかし、そんな人びとの思いも苦悩も試みも栄華も今は遠く、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂を中心とする町並みと絵画・彫刻が残るのみ。

 「パンタ・レイ(万物は流転する)」、まさに。引き止めることかなわぬ時の流れ。「諸行無常」という言葉を、ときに噛みしめる。昨日はそんな一日でもありました。