Diary For Paranoid @ hatena

思いつくまま書くブログ。最近は窪田正孝出演作品感想に特化してます(笑)。

幻月が結び合わせたふたり……『幻月楼奇譚』

 「Chara」2009年2月号(徳間書店刊)を購入しました。約1年に一度掲載される、今市子の『幻月楼奇譚』のためです。今のところ、単行本化を待ちきれず、雑誌を買ってしまうほどにのめり込んでいる作品はマンガも小説もないのですが、『幻月楼奇譚』は特別です。コミックにまとめられるのは何年先かという状態ですから orz。
 ある書評サイトで、この作品のほぼ年一連載について「今市子は自分のなかの時間の流れを早くしてください!」と書かれていましたが、まったくそのとおりと言いたいです。


 昭和初期に近いいつかの時代を舞台にした、このシリーズの主人公は男性ふたり。
 江戸時代から続く高級味噌屋の若旦那、鶴来升一郎は世事に疎く、言動がどこか素っ頓狂。上背のある美男子で、容姿に惹かれる女性は数多。絵画、工作、歌舞音曲など、なにをやらせてもそこそここなすが、こなせるがためになにごとにも情熱がもてない。亡父の跡を継いで鶴来屋の主人となるものの、商売にも熱心になれない。
 コミック第1巻に収録のシリーズ初期作では、そんな升一郎が実はなかなか食えない性格をしており、それに吉原遊郭幇間(ほうかん/たいこもち)の与三郎が振り舞わされるというお話でしたが……。「与三郎(切られの与三)」というあだ名の由来となった身体中の刀傷の因縁話が描かれたあたりから、与三郎のキャラクターがぐっと立ってきました。


 「お前に味噌屋の主人なぞ務まるもんか」と父親に笑われたことが心に刺さり、「やりたいことがなにもない」と嘆息する升一郎。そんな彼が、「幻月」の光の導きか、初めて興味をもったのが、長唄・三味線がからっきしダメで、得意は怪談の語り聞かせという三流幇間の与三郎。過去に全身に刀刃を浴びて長く生死の境をさまよった彼は、今なお片足を冥府に突っ込んでいるのだとか。故に目に見えないものが見えるため、そこからネタを拾って、仕立てた怪談を“売り”にしています。
 言動が率直すぎて世間知らずに見える升一郎ですが、かなりの頭脳派。愛憎の修羅場をくぐり、吉原という苦界を泳ぎ渡ってきた与三郎も、(主に悪知恵的な意味で)頭が切れます。すべてを語らずともツーカーで話が通じる(おかげで、読むほうには脳内補完が必要なときが……(笑))ふたりが、人ももと人であった者も訪なう吉原の茶屋「幻月楼」とその周辺で起こる不思議な事件に関わったり、解決したりしていきます。

 常に升一郎が一方的に与三郎に言い寄っている態ではありますが、話数を重ねるに連れて、与三郎も徐々に絆(ほだ)されてきたようす。まあ、其ノ一から幻月楼では「升一郎は与三郎の情夫(いろ)」と公認されていますけどね(笑)。


 さて、『幻月楼奇譚』其ノ十です。まずは「そうかあ。ようやく10話になったかあ」と感無量でした。そんな作品、ほかにはありません orz。
 これまで、升一郎の求愛行動は実を結ばないまでも、いいコンビネーションを見せてきたふたり。しかし、なんと別れたらしいというところから物語は始まります。
 同居する従弟で味噌職人の太郎の見合いに、なぜか熱心な升一郎。一方、与三郎は子どもを拾い、幻月楼の女将に下足番として預けます。一見、まったく関係がないこのふたつの事柄が一本の糸に縒り上がっていくさまは、おみごとさすがの今市子
 相変わらず一回読んだだけではわからない部分があって、二度三度と読み重ねて「そういうことか」と得心する次第。今回は、殊になぜ「吉原百人斬り」こと『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』が関わってくるのかの解釈に悩みました。


 いちばんの見どころは、与三郎が升一郎に啖呵を切る場面。其ノ七では升一郎を食いモノにしようとする彼の悪友にみごとな啖呵を切ってくれましたが、今度は升一郎に向かってですよ。幇間という商売柄に処世術も働いて、ヘラヘラするばかりで真意を見せない与三郎ですが、本気で怒ると、まとう空気がとたんに鋭利になります。その威力、押しの一手の升一郎が近づけなくなるほど(笑)。与三郎のほうが年上ですしね。
 さらに、眼鏡をはずしたら役者顔のご尊顔や、「なるほど。これは升一郎が見たがるはずだ」と納得の寝顔に寝乱れた姿も見せてくれます。
 其ノ七の「吸い付けたばこ」の件やこのたびの貸し座敷の件など、遊郭の流儀や挑発の流し方がわからない升一郎もかわいい。洗練されているのに野暮という抜けっぷりと、去る者追わずで鷹揚なわりに、与三郎にだけは執着する偏りが、升一郎の魅力でしょうか。


 一話完結の事件ものという体裁ですから、続けようと思えば、どこまでも続けられる作品です。気になるのはやはり、二歩進んで一歩下がるような升一郎と与三郎の関係がどうなっていくのか、ですね。今氏の作品は焦らして焦らして最終話でようやくカップル成立という話が多いので、さて升一郎の恋路に決着がつくのは何年先やら。
 そのときが早く見たいけれど、でも長く続いてほしい。次に読めるのは……やっぱり来年でしょうかね。


 コミックスは2巻まで発売中。1巻には其ノ一〜其ノ四、2巻には其ノ五〜其ノ八が収録されています。3巻は2年後かなあ(笑)。
 描写はキスまでですが、ボーイズラブ作品ではありますので、苦手な方はご注意ください。


幻月楼奇譚 (1) (キャラコミックス)

幻月楼奇譚 (1) (キャラコミックス)


幻月楼奇譚 (2) (キャラコミックス)

幻月楼奇譚 (2) (キャラコミックス)