Diary For Paranoid @ hatena

思いつくまま書くブログ。最近は窪田正孝出演作品感想に特化してます(笑)。

「トリノ・エジプト展」のとりとめない感想

 上野の東京都美術館にて開催中の「トリノ・エジプト展」に行ってきました。大英博物館を訪れたときに「一生分のミイラとエジプト美術は見つ!」と疲れきった足を引きずりながら思った私が、なぜわざわざ上野まで出かけたのか。それは、この展覧会のウリである「門外不出のツタンカーメン」がたいへんハンサムであったからだよ! 私の行動の原動力は90%が煩悩です(てへっ)。
 ちなみに対外用の理由も用意しておりまして、この展覧会が出品元であるトリノのエジプト博物館(Museo Egizio)の展示方法を取り入れていると聞いたからです。博物館の「彫刻ギャラリー」の展示演出を担当したのは、ダンテ・フェレッティ。彼は、マーティン・スコセッシ監督の『アビエイター』(2004年)とジョニー・デップ主演の『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(2007年)で2度もアカデミー最優秀美術賞を受賞した美術監督です。個人的には『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』の、光と影の使い方がユニークな美術監督として印象に残っています。その彼が手がけた「照明と鏡を駆使した印象的な空間」。気になるではないですか。


 結論を申せば、「トリノ・エジプト展」の展示演出は、過日に観た「国宝 阿修羅展」に似ていました。ほの暗い空間に配した展示物に、暖色がかった照明を陰影を際立たせるように当てるというのが、立体物展示における流行の方法なのでしょうか。たしかに、気分的に落ち着いて観られますけどね。
 残念ながら鏡の効果はあまりなかったように思います。若干、空間が広く感じられることと、角度によっては彫像の背後も見られることくらい。でもどの彫像もほぼ360度見られるので、あんまり意味はありません。たぶん本家のトリノ・エジプト博物館では、鏡像効果でずらっと彫像が並んでいるように見えるのではないかと想像するのですが……。東京都美術館の展示室ではちょっと手狭だったかも。

 目当ての「アメン神とツタンカーメン王の像」もとくと拝覧してきました。黄金のマスクで知られるツタンカーメンですが、真白の石灰岩に彫られた姿を見ると、きらびやかさよりも、真摯に未来を見つめる少年王という印象が勝ちます。アメン神の右肩の背後に、少年王の右腕の手の先がちょこんと彫られているのもかわいい。
 いつの世でも政治絡みの宗教改革は難しいものだよなあと、小さくため息もつきつつ。


 展示品はトリノ・エジプト博物館の収蔵品のなかから、特に新王国時代(紀元前1550年〜1070年)に王墓造営に携わった職人たちが暮らしていた、テーベ西岸にあるディール・アル=マディーナ遺跡の発掘品の選りすぐりが中心。選りすぐりだからでしょうか。展示されているものすべてがひじょうに完成された「美術品」ばかりに映りました。
 大英博物館などで観た古代エジプトの発掘品は「なんでもかんでも」という印象で、それこそ石の欠片から黄金の装飾品まで「すべて」が展示されていました。過去に日本で観た「エジプト展」に類いする展覧会でも、不完全なものや欠けたものも見せる、雑多な部分があったような記憶があります。
 しかしこの「トリノ・エジプト展」には、遺跡から出土したものをすべて見せるという「博物的展示」より、ひじょうにストリクトな審美眼と完成度にこだわる美意識をもった人によって選ばれた「美術的展示」の意図を感じました。すばらしく完成されたものばかりであるが故に、「なんだ、これ!?」「えぇ、なんのためにこんなものが!? わけわからん」といった謎とか不思議とかの部分がちょっと物足りない。
 でも、すべてが「完璧」なので、どれもこれもため息が出るほど美しいです。彫り込まれたヒエログリフは、読める人が見ればすべてを読み解けるでしょう。レリーフの神々や被葬者は、顔も装飾品も供物までがはっきりくっきり。棺に描き込まれた細かな絵柄も、なにを描いたものか明らかです。地下に埋まっていたものが、これほど欠けたところがなくていいのかと呆気にとられるほどに。
 それがトリノ・エジプト博物館の所蔵品すべてに渡っているのか、それとも日本に貸し出すということで選んだ結果なのか、それはわかりません。もし博物館全体に及んでいるなら、さすがルネッサンス発祥の地イタリア、美意識がハンパないというところ。コレクター根性でなんでも持ってきて展示してしまう英国人や米国人とはひと味違うものを感じるところですが、さて……。


 エジプト美術と言えば、たくさんの神々を記号化した絵で表現しているところに特徴があります。たとえば、墓地の守護神アヌビスはジャッカルの頭をもっており、戦闘の女神セクメトの頭部はライオンです。冥界の王かつ豊穣神でもあるオシリスは、芽吹きの緑色か肥沃な大地を表わす黒色に塗られ、王権の象徴である殻竿とヘカ杖を持ち、その逸話によりミイラの姿で描かれます。オシリスの息子ホルスはハヤブサ、またバステト女神は猫の姿で表わされます。
 これら図像化された神々の姿が、あらゆるところに見てとれます。3000年以上前に描かれ、埋められたものとは思えないくらい生き生きと、むしろ生々しいほどに。特に「死者の書」はアヌビス神が死者の心臓を量るようすを描いたところが展示されており、これだけでも一見の価値あり!

 この「現象」や「存在」の記号化というのは、先日の「百鬼夜行の世界」にも通じるようで、なんとなく気持ちがわきわきします。ちょうど中野美代子の『綺想迷画大全』(飛鳥新社)を読んでいるところでもあり、めったに動かない頭脳が好奇心でぴくぴくしています。もともと修辞学のなかでもメタファーが専門ですしね。


 会場では音声ガイドを500円で借りました。「浅見光彦シリーズ」の4代目浅見光彦役の沢村一樹が案内役(なんとシャンポリオン)だったからというのは内緒だ(笑)。
 初めて使いましたが、けっこう便利なものですね。目と耳に集中力が分散してしまうのがネックと言えばネック。あんまり下知識がない展覧会に有効だと思います。

 東京都美術館での「トリノ・エジプト展」は10月4日まで。そのあと、宮城県美術館(10月17日〜12月20日)、福岡市美術館(2010年1月5日〜3月7日)、神戸市立博物館(3月20日〜5月30日)、静岡県立美術館(6月12日〜8月22日)を巡回します。
 興味をもたれた方は、お近くの会場をチェックされてはいかがでしょう。


トリノ・エジプト展」オフィシャルサイト
http://www.torino-egypt.com/