Diary For Paranoid @ hatena

思いつくまま書くブログ。最近は窪田正孝出演作品感想に特化してます(笑)。

「新宿御苑 森の薪能」から『業平餅』の巻

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新宿御苑に設えられた、一夜だけの能舞台
(画像クリックで少し大きくなります)


 「第25回 新宿御苑 森の薪能」を観に行きました。演目は、狂言『業平餅(なりひらもち)』と能『葵上(あおいのうえ)』です。

 実はこの演目、「王朝の美学──伊勢物語源氏物語」と題して、「『源氏物語』千年紀」の昨年に演じられるはずでした。ところが、10月14日は折悪しく雨で、中止になってしまったんですよね。
 映画『陰陽師』の安倍晴明役でも知られる狂言師野村萬斎在原業平に、観世流能楽師・九世観世銕之丞(かんぜ てつのじょう)による六条御息所。「これを見逃す手はない!」と早々からチケットを手に入れて楽しみにしていただけに、雨天中止にがっくりきたのでした。

 「今年も同じ演目でやってくれないかな。無理かな」と期待半分諦め半分でサイトを見に行ったところ、『業平餅』と『葵上』の文字が! 演者も同じ!! 8月1日のチケット発売開始日を待ちかねて「チケットぴあ」に電話しました。

 待ちに待った今日。開演は18時15分。17時50分に新宿御苑の大木戸門から入れば、長い行列ができていました。聞けば、毎年3000人が集まるたいへん盛況なイベントなのだそう。……ですよねえ。演者を見て判断すべきでした。
 すっかり日が落ちて真っ暗な新宿御苑内を、道筋に設置された誘導灯に沿って歩きます。会場のイギリス風景式庭園には、奥に能舞台がしつらえられ、草の上にパイプイスがずらりと並べられていました。自分の座席番号を探して座れば、もう開演の時間です。能舞台のまわりに立てられた松明に火が入ると、暗闇に幽玄の世界が浮かび上がります。


 『業平餅』の主人公は、平安時代初期の貴族であり、「六歌仙」「三十六歌仙」に数えられる歌人でもあった在原業平(ありわらのなりひら)。父方を言えば平城天皇の孫、桓武天皇の曾孫であり、母方を言えば桓武天皇の孫にあたりますが、臣籍降下して在原氏を名乗りました。
 歌人としては、『小倉百人一首』にある「ちはやぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くゝるとは」で現代にまで知られた、まさに「歌仙」。業平が主人公のモデルと言われる『伊勢物語』には、「かきつばた」の五文字を各句の頭におく「折句」の技法で詠われた「唐衣 着つつ馴れにし 妻しあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」や、無常への哀惜あふれる「世の中に たえて櫻の なかりせば 春の心は のどけからまし」などなど、業平作の和歌が多く採録されています。
 そのうえ「体貌閑麗、放縦不拘」と記録され、美男子の代名詞ともなった、平安朝最高のイケメンなんですね。


 さて、狂言『業平餅』のあらすじはと言いますと。
 ある日、業平は和歌の神様である玉津島明神に詣でようと、小姓や随身、傘持ちらを伴って出かけました。途中、供の者に休憩を取らせ、ひとりになってくつろいでいると、茶屋に餅を見つけます。空腹を覚えて、茶屋の親父に「餅が欲しい」と言えば、「お足(お金)を出していただければ」との答え。「それは容易いこと」と、業平は片足を出して見せます。「お足とは料足(りょうそく)のことです」と言われれば、「おお、そうか。それ、両足(りょうそく)じゃ」と両足を見せます。
 もちろん、餅を口にすることはできません。業平は、小野小町が雨乞いのために詠んだ和歌に、帝が餅を賜ったというエピソードを持ち出し、「歌を詠んでやるから、餅をくれ」と提案しますが、却下されます。餅を前にして食べられない切なさを、「餅づくしの歌」に詠む業平。これが鏡餅、桜餅、よもぎ餅などなど、餅の名前を並べ立てた傑作! 業平のしおれっぷりと相まって、めちゃくちゃ笑えます。
 立派な装束をまとっているわりに、現金を持たず、世事に疎い。これは都住まいのよほどの貴族だと見当をつけた茶屋の親父。業平に「娘を都にお連れいただき、宮仕えをさせてほしい」と頼みます。親父が娘を呼びに行った隙に、餅を盗み食いする業平。しかし、あんまり急いだもので、喉に詰まらせて死にそうになったところを、戻ってきた親父に助けられます。
 人心地ついた業平は、小袖を被って顔を隠した娘を見て、「宮仕えどころか、私の妻にしよう」と言い出します。「ありがたきこと」と親父が支度のために場を離れると、早速言い寄るプレイボーイ業平。「夫婦になるのだから、顔を見てもよかろう」と、嫌がる娘から小袖を奪えば、現われたのはたいへんな醜女。
 慌てた業平は供の者を探しますが、そばにはうたた寝している傘持ちしかいません。傘持ちを起こし、「よく仕えてくれている褒美に妻をやろう」と言えば、「それは嬉しきこと」と喜ぶ傘持ち。しかし娘の顔を見たとたん腰を抜かし、「私には約束した者がおります」と断るばかり。
 「さっきは妻になる人などいないと言ったではないか」と主従がもめているところに近づく娘。彼女は業平にべた惚れで、体当たりの勢いで迫ってきます。「許してくれ」「許してくれ」と逃げ惑いながら、業平たち、退場。


 映画『陰陽師』を観たとき、野村萬斎の端正な立ち姿に優美な所作、幽玄なる舞姿に感嘆しましたが、ナマで観てもその印象はまったく変わることなく。涎を垂らさんばかりに餅に執着し、ついにはがっついて喉に詰めてしまうといった、演技次第でガサツに陥りそうなところ、萬斎師の業平はコミカルながら、気品に貫かれていました。
 まるで絵巻のなかから業平が現れ出たような、「本当にこんな男だったんじゃないか」と思わせる貴公子然とした雰囲気は、萬斎師ならではですね。京都の茂山家狂言も好きですが(取材をしたことがあるので、親近感もあったり)、「雅」を言えば東京の野村万作家に利があるような気がします。

 傘持ちを萬斎師の父親である人間国宝野村万作、小姓を息子の野村裕基が演じ、親子三代の共演もうれしい、すばらしい舞台でした。

 長くなったので、『葵上』については明日の「日記」にて。
 

「新宿区観光協会 新宿御苑 森の薪能」サイト
http://www.shinjukuku-kankou.jp/takigi_index.html