Diary For Paranoid @ hatena

思いつくまま書くブログ。最近は窪田正孝出演作品感想に特化してます(笑)。

ディック・フランシスの小説を宣伝してみる。

 ディック・フランシスの小説をたとえるなら、現代の『アーサー王物語』だと思うわけです。
 アーサー王の「円卓の騎士」には、「湖の騎士」ランスロット、ガウェイン、ケイ(アーサー王の乳兄弟)、「悲しみの子」トリスタン、「世界で最も偉大な騎士」ガラハッド(ランスロットの息子)、パーシヴァル(「白鳥の騎士」ローエングリンの父親)、ボールス、モルドレッド(アーサー王の息子)などなどが名を連ねています。朝から正午までは力が3倍になるという豪傑や大変な毒舌家がいれば、不倫、二股、禁断の愛に走る者もいたりして、メンバーはなかなかに個性的。
 彼らが目指すものは、王の守護であったり、恋の成就であったり、聖杯の探求であったり、いろいろですが、思いは常に一途です。そして、その行動の根底を貫いているのが騎士道精神!
 まあ、アーサー王ファンにとってみれば、ランスロットはとんでもない裏切り者なわけですが、「最も誉れ高き最高の騎士」が騎士道と不義の恋の間で苦悩し、結局は恋に殉じることになるのが一途といえば一途。その人気ぶりは、トランプの絵札、クラブのジャックになってしまったほど。
 
 フランシスの小説の主人公たちも、職業、趣味、性格ともにばらばらで、上流階級に属する者から、商業活動の成功者、知識階級、中産階級、労働者階級とそれぞれ「住む世界」も違います。目指すものも、守るべきものの守護であったり、恋の成就であったり、自信の回復であったり、退屈な日常を離れたスリルだったりするわけですが、最終的には「自分という人間の器の確認」に帰結します。さらに、どの主人公の行動にも騎士道精神が感じられて、敵にまっすぐに挑んでいくその姿には中世の騎士の面影が重なるよう……。
 この、帰結する部分が同じなところと、主人公全員が騎士的行動をとるところが、フランシスの作品がマンネリと言われる所以なのですが、人気作家となった理由もそこにあるわけで。読み手が主人公の行動に共感を抱き、むしろカッコいいとさえ思い、読み終えて「ああ、すっきりした」と思える作品を1年に1作というペースで生み出し続けたことに、フランシスの偉大さがあると思うのです。

 実際、英国の男性を見ると、行動の基盤には未だに騎士道精神が息づいているんだなあと感じます。特に女性への礼儀とか、他人への親切とか、言動に誠実で、寛大であろうとするところは、美徳だと思います。ただ、それらは自分に自信と余裕がないとなかなかできないところで、気位の高さも見え隠れするんですけどね。

 もうひとつ、特筆すべきは、歴史のなかで脈々と受け継がれてきた英国独特の階級意識で、フランシスは小説の登場人物たちの言動においてそれをみごとに描写しています。そこは、ウェールズの騎手の家に生まれ、障害競馬の騎手となり、最多勝利騎手の栄誉を得て成功。さらにクイーンマザー(エリザベス王太后)の専属騎手を務めることになったフランシスならでは、ですね。英国社会や英国気質を知る上でとても参考になります。

 フランシスの競馬ミステリーは43作。そのうち、シッド・ハレーを主人公にしたものが『大穴』『利腕』『敵手』『再起』の4作、キット・フィールディングを主人公にしたものが『侵入』『連闘』の2作。総勢39人の現代の騎士たちの活躍を、未読の方はぜひ目にしていただきたいと思います。
 
 2000年以降、作品が発表されなくなったので、覚悟はしていたんですけどね。'06年に息子さんとの共著で『再起』が、それからも『祝宴』『審判』『拮抗』と出版されたので、ほっとしたりしてたのですが……。
 訃報を聞いて「年齢的には大往生」と思いつつも、もやもやと気が晴れません。夏夕介に引き続いてだからかなあ。それとも、ここのところ名を知る方々の訃報が続くからでしょうか。切ないですね。


<余談>
 ちなみに、トランプの絵札のモデルは以下のとおり。
[キング]
スペード=ダビデ王、ハート=カール大帝シャルルマーニュ)、ダイヤ=カエサルジュリアス・シーザー)、クラブ=アレキサンダー大王
[クイーン]
スペード=パラスあるいはパラス・アテナ(ミネルヴァ)、ハート=ユディト(ジューディス)、ダイヤ=ラケル、クラブ=アルジーヌ(アージン/regina(女王)のアナグラムでマリー・ダンジューあるいはアニュ・ソレル)
[ジャック]
スペード=オジェ・ル・ダノワ(ホルガー・ダンスク)、ハート=ラ・イル(エティエンヌ・ド・ヴィニョル)、ダイヤ=ヘクトル、クラブ=ランスロット

 全部わかる人は、かなりのヨーロッパの神話・聖書・歴史通だと思います。