映画『シャーロック・ホームズ』で汚いロンドンに感動!
修羅場っている間に3人目の甥っ子が生まれたりしたもので、新宿で出産祝いの品を探すついでに映画を観てきました。どちらが主か従か!? 水曜日はほとんどの映画館がレディースデイだというあたりで、ご想像にお任せします(笑)。
新宿ミラノ1で『シャーロック・ホームズ』を鑑賞。
ジェレミー・ブレット演じるシャーロック・ホームズ、およびデヴィッド・バーグあるいはエドワード・ハードウィック演じるドクター・ワトソンが活躍する、グラナダTV版『シャーロック・ホームズの冒険』に慣れた人には、かなり違和感があるだろうなという、「ホームズもの」の最新作です。
まず、ロバート・ダウニー・Jr.が演じるホームズがえらくスポーツマンです(笑)。
原作にはちゃんとボクシングはプロ級とか、日本を発祥とする東洋武術「バリツ」を体得しているとか、フェンシングも得意とか書かれているわけですが、これまでの作品ではあまりクローズアップされてきませんでした。冷静沈着で頭脳派、敵とは論理と推理で相対し、ときどきやむを得ず拳闘や武術、フェンシングの技を使って危機を脱するというのが、今までのホームズの基本形だったと思います。
ところが、『シャーロック・ホームズ』は、ホームズが敵を殴って蹴って再起不能にするところから始まります。それも相手を見て一瞬で、まず耳を殴って、次に喉を打ち、反撃してきたところを肘で受けて、腹へ一発、最後に膝の皿を割る、と先読みしてから、そのとおりに手足を繰り出し、ノックアウト! この調子で賭けボクシングにも挑戦し、ホームズに賭けて勝った配当金でワトソンはメアリーへの婚約指輪を買いました。
では、バリバリムキムキの体育会系かと言うと、さにあらず。いつも寝起きのごとく髪も服装も表情もボサボサしていて、ソファの上でナマコみたいにノタっている印象。なにかと頭のいいことを言うし、皮肉も鋭く、衝動的な行動はワトソンも追いつけないほど速いけれど、どうにもこうにもくたびれたダメンズの匂いがぷんぷんします。
一方、ジュード・ロウ扮するジョン・H・ワトソンも、従来の大人しげで謙虚な「お人柄」はどこへやら。暴れまくるホームズに合わせて、こちらは仕込杖と短銃でバッタバッタと敵を倒します。ホームズの憎まれ口には鉄拳制裁。医師としてかなりの自信家。ただし、ホームズに比べると、礼儀正しく、温和で、服装もきちんとした紳士で、エキセントリックなところのない常識家、なにより友情に厚い。このあたり、ホームズの相棒のドクター・ワトソンとして押さえてほしいところはきっちり押さえてあります。
個人的には、こちらのワトソンのほうが原作に近く思えて、「ああ、やっとワトソンらしいワトソンが見られた」という感想(デヴィッド・バーグやエドワード・ハードウィックのワトソンももちろん好きですけどね)。
時は1888年。ベーカー街221Bのハドソン夫人の下宿で、7年もの間、ルームシェアしてきたホームズとワトソンですが、その生活にも終りが来ました。ワトソンがメアリーと婚約し、高級住宅街に新居を構えることになったのです。「一度、メアリーと会ってくれ」というワトソンの申し出を、ホームズはなにかと理由をつけて避けます。ようやく会わせてみれば、メアリーのネックレスが借り物だとか、ワトソンの前に婚約者がいたとか、言わなくていいことを言い当てて、メアリーにワインをかけられ、ワトソンにも愛想をつかれる始末。
「ワトソンさんに出て行かれたら、私ではホームズさんを扱いきれないわ」というハドソン夫人の嘆きをよそに、ワトソンの引っ越し準備は着々と進みます。
黒ミサを行ない、5人もの女性を生贄として殺した秘密組織の主犯・ブラックウッド卿を捕らえたホームズとワトソン。ワトソンはこれをホームズとの「最後の事件」にするつもりでしたが、絞首刑に処せられた卿が生き返ったとの報を受けて、関わらざるを得なくなります。
アイリーン・アドラーが失踪者探しを依頼に来たり、その失踪者がブラックウッド卿の棺から見つかったり。謎はどんどん大きくなり、ついには英国転覆計画へとつながっていきます。
レストレード警部の意外な芝居っ気が見られたり、ホームズの宿敵の「あの方」も現われたりで、ホームズファンへのくすぐりも忘れられていないところ、制作スタッフみんながファンなんだろうなあと思わされます。
ワトソンがメアリーへの婚約指輪をまだ買っていないというのが、ワトソンを失いたくないホームズの最後の砦だったわけですが、あんまり突っつき過ぎて買われてしまったり(笑)。ワトソンが医師として検死をしたブラックウッド卿が生き返ったことで、「僕は、開業医となる君の評判を気にしてやってるんだ」とグチグチ言って事件に巻き込んだり。
そんな子どもっぽいホームズの「ついてきて、ついてきて、ついてきてったらついてきて」という声に出さない求めに、頭を振りながら、苦笑しながら、「僕がついてないとダメだもんなあ」という、ダメンズに惚れた女性みたいに応じてしまうワトソンが笑えます。と言うか、この二人、設定ではホームズ34歳、ワトソン36歳のはずなんですが、かなり言動がかわいい(笑)。
なにより特筆すべきは、この映画には「汚いヴィクトリア朝ロンドン」が描かれていることでしょう。
19世紀末のロンドンと言うと、映画やTVドラマでは懐古趣味よろしく、石造りの建物と石畳に反射するガス灯のほのかな光、テームズ川からの霧にむせんで、なにもかもが輪郭をなくすような、曖昧模糊としてロマンチックな風景に描かれることが多いのですが、実のところ、すごく汚い場所でした。霧の正体は、産業革命でどんどん石炭が燃やされた、その煤まじりの煙がテームズ川に湧く霧と合わさったスモッグ。その下に暮らす貧民たちは風呂に入る習慣もなく、道端に捨てられた生ゴミと水はけが悪く乾く間もない汚水と共に暮らし、スラムは汚泥の地でした。
私が観てきた映像では初めてじゃないかな。ここまで本格的にヴィクトリア朝ロンドンの汚い下町を描写してみせたのは。鉄サビが浮いた船が列をなして浮かぶ、ヘドロだらけのテームズ川の匂いまでしてきそうだったもの。
街角にいる人々にも「ヴィクトリア朝」という語に想起されがちな上品さよりは、普通にそのあたりを歩いている人のガサツさが見えて、気取った感じがまったくなかったのがよかったです。
「これだよ! こういうヴィクトリア朝ロンドンが見たかったんだよ!」ということで、個人的にはたいへん満足な映画でした。
映画『シャーロック・ホームズ』オフィシャルサイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/sherlock/
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