Diary For Paranoid @ hatena

思いつくまま書くブログ。最近は窪田正孝出演作品感想に特化してます(笑)。

美しく歪んだ鏡の世界へようこそ! 映画『Dr.パルナサスの鏡』

 新宿ピカデリーで『Dr.パルナサスの鏡』を観ました。
 原題は『The Imaginarium of Doctor Parnassus』(「パルナサス博士の欲望投影館」とでも訳しましょうか)。映画を観れば、邦題より原題のほうがしっくりきます。


 2007年のロンドンを四頭立ての馬車が走ります。街角で止まったその大きな馬車の右側面がゆっくりと倒れて、現われたのは即席の舞台。「イマジナリウム」と名付けられたその出し物は、舞台中央の鏡に入れば、人生が変わるほど素晴らしい世界が見られるというもの。千歳を超えるというふれこみのパルナサス博士、博士の娘で美貌のヴァレンティナ、こびとのパーシー、そしてアントンの懸命の呼び込みにも関わらず、お金を払って鏡に入る客は誰もいないのでした。
 舞台を畳んで移動する最中、アントンとヴァレンティナ、パーシーはテームズ川にかかる橋で首を吊っている男を見つけます。慌てて助ける三人。喉に小さな笛を仕掛けることで窒息をまぬがれた男でしたが、気絶から覚めた彼はなにも思い出せないと言います。トニーと呼ばれることになった彼は、行くところもなく、一座に加わって客引きをすることに。顔は仮面で隠しているものの、その男らしい雰囲気と達者な口と洗練されたアイデアで、トニーは次々に女性客を舞台に呼びこむのでした。


 さて、千年以上前、パルナサス博士は人里離れた山奥の東洋的な寺院を仕切る高僧でした。世界が滅亡しないよう、昼も夜も弟子たちと決して途切らせていけない物語を紡ぐ。そんな毎日を暮らす彼の前に、悪魔がやってきました。
 世界を秩序正しく巡らせることを使命とするパルナサスに、悪魔は賭けを持ちかけます。いわく、自分よりひとりでも多く信者を獲得できたら、望むものを与える、と。当時、世界はまだ純で、パルナサスは勝利を収め、永遠の命を手に入れます。その賭けは今日まで何度も繰り返されており、時代を経るにつれてパルナサスが勝つことは難しくなってきていました。
 あるとき、パルナサスは一人の女性に恋します。彼女を自分のものにしたいと願った彼は、あるものと引き換えに、悪魔から若さとそして死を返してもらいます。2007年の今、その「あるもの」を引き渡す期限があと三日と迫っていました。


 鑑賞している間、ゾロアスター教アフラ・マズダーアンラ・マンユの拮抗とか、ゲーテの『ファウスト』とかが思い出されてならなかったわけですが……。
 特に「イマジナリウム」、すなわち鏡に入った者の欲望の映像化がすばらしかったです。現実世界が、夜のシーンが多いこともあって全体的に暗くて薄汚れた感じなのに比べて、鏡に入ったとたん、明るく、美しく、目の前が開けたようになるところ、これは絶対に映画館のスクリーンで見るべきだと思いました。大スクリーンで見ると、本当にそのファンタスティックな世界に入り込んだように感じられます。
 この「イマジナリウム」の中で、入場者は選択を迫られます。そこが、パルナサスの信者となるか、悪魔の信者となるかの分岐点になるわけです。


 ストーリーは「罪ある者には必ず罰が下る」というシンプルなものなのですが、パルナサス博士がいろいろミスリードしてくれるので飽きません。実際、途中まではトニーとヴァレンティナとアントンの三角関係の話かと思っちゃったしな。
 パルナサス博士役のクリストファー・プラマーの演技がまたいいんですよ! 数々の映画の中で必ずその姿、仕種が印象に残るサブキャラクターを演じてきたプラナー。このたびは主演(トニーが主人公とされていますが、私にはパルナサス博士が主人公に思えてしょうがない)で、悪魔に怯えて酒が手放せず、誰ひとり自分の話を聞いてくれない虚しさに心が折れてしまう脆弱を前面に押し出しながら、ほんのちょっとしたことで調子づき、自分の策略がうまくいくとちょろっと舌を出すような、愛すべき老人を好演しています。
 今秋、日本公開予定の『終着駅-トルストイ最後の旅-』(原題『The Last Station』)ではトルストイを演じているので、こちらも絶対観ないとなあ、なのです。


 あと、この映画、2008年1月、28歳で急性薬物中毒で死亡したヒース・レジャーの遺作でもあります。「現実世界のトニー」のシーンを撮り終わった段階での出来事で、テリー・ギリアム監督は一度は制作中止を考えたそう。でも、スタッフの声に励まされて、まずヒースの親友だったジョニー・デップに声をかけたところ、出演を快諾。次に打診したジュード・ロウコリン・ファレルも、ヒースが撮り残したシーンを、デップと三人で分けることを承知。
 こうして「イマジナリウムの中でのトニー」は、女性客の理想を映したときはジョニー・デップ、自分の欲望を映したときはジュード・ロウ、ヴァレンティナの願望を映したときはコリン・ファレルと、3つの顔をもつことになったのでした。


 美しいイマジネーション、しかしそれは人間の欲望。暗くて汚くてしんどい現実、しかしそこにこそ涙あふれる喜びと美がある。こう書けば、道徳的な映画と取られそうですが、むしろヤバイほうへヤバイほうへイッちゃってる映画です(笑)。むくつけき警官たちが婦警のミニスカートをはいたうえ、歌って踊って、最後は黒のパンティストッキングに包まれた尻を一斉に出しちゃうんだぞ。

 1月からの上映なので、そろそろ終了しそう。ぜひ映画館でご覧になってください。


映画『Dr.パルナサスの鏡』公式サイト
http://www.parnassus.jp/index.html

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