アニメ映画『風立ちぬ』は、夢に向かって突き進む者に幸せな作品
北フランスの海辺の町オンフルールの通りを歩いていたおり、緩い坂を上がって角を曲がったとたん、強い海風に煽られました。その時、自分には体があるんだなって、風の妨げになる程度にはこの地上に存在してるんだなって感じました。この風を感じる私は今、生きているんだなという感触。だからヴァレリーの「海辺の墓地」の”Le vent se lève!...Il faut tenter de vivre!”の感覚はわかる気がします。
ちなみに通りの名はRue Baudelaire。なぜ『悪の華』の詩人ボードレールの名がついたのか? 探れば、彼のダメンズぶりが明らかに(笑)。
『風立ちぬ』を鑑賞。現(うつつ)と夢を行ったり来たり。フェデリコ・フェリーニの『8 1/2』みたい。ドイツと日本の飛行機に、夢ではイタリアの飛行機まで。できるだけたくさんの飛行機をアニメーションで飛ばしまくりたいという宮崎駿監督の情熱を感じて、美しい飛行機を飛ばすことに夢中になる堀越二郎に通じてるなあと思いました。
『風立ちぬ』、とても美しくて幸せな映画です。
尊敬する師カプロー二が言う「設計士としての寿命は10年」を終えて、二郎は美しい飛行機を飛ばすことはできたものの、それは戦争の道具であり、飛べば落とされる運命にあるものでした。カプロー二が目指した人を空の旅に誘い、帰りくる飛行機は作れませんでした。自分が作った飛行機の「墓地」がとどのつまりで、設計士としての寿命を迎えた今はもう夢を見ることもないのです。
その最後の夢に待っていたのは、最愛の人。彼女は言います、「生きて!」と。
……なんて幸せで、なんて美しい。宮崎監督が行き着かれたのはここなんですね。
宮崎作品には『もののけ姫』のあたりから、物語は完結しているものの、「結局、あれってどういうことだったの?」という消化不良をそこここ感じていました。
でも『風立ちぬ』では、二郎が里見やカストルプと歌う「ただ一度だけ」(大意は「夢なの、現実なの? この世に生まれてただ一度、この愛はただの夢かもしれない。明日には消え去っているかも。でも巡り会えたこの悦びは、人生でただ一度のすばらしい奇跡」)も、先述のヴァレリーの「海辺の墓地」の一文「風が立つ。生きることを試みなければならない」も、そして風も、すべてが物語に即して必要十分に機能していました。ジブリ映画でこんなにスッキリしたのは『耳をすませば』以来です。
また、個人的に感動したのは、二郎や菜穂子、黒川夫人、服部、次郎の母らの佇まいの違いとその立ち姿の潔い美しさ。生前の祖母の佇まいや若い祖父の遺影を思い出しました。祖母や祖父の生きた時代の話なんですよね。
祖母が好きだった堀辰雄の小説『風立ちぬ』が映像となってぐっと迫ってきて、その中に祖母や祖父が通りかかるようで、うれしくなる映画でもありました。今、この映画を観ることができて、よかったと心から思います。
『風立ちぬ』サイト:http://kazetachinu.jp/
私は飛行機が大好きです。海外旅行の半分は飛行機に乗りたいから行くと自覚するくらいには(笑)。
飛行機を扱った小説ではK.M. ペイトンの「フランバーズ屋敷の人びと」シリーズとディック・フランシスの『混戦』、コミックでは筒井百々子(元・日本アニメーションのアニメーターさん)の『空の上のアレン』と萩尾望都の『ゴールデンライラック』、映画では『華麗なるヒコーキ野郎』『レッド・バロン』(特に2008年のニコライ・ミュラーション監督作品)、『アメリア 永遠の翼』が好きです。
特に『混戦』は第二次世界大戦の空軍パイロットだったフランシスが書いただけあり、操縦シーンに臨場感満点!
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