Diary For Paranoid @ hatena

思いつくまま書くブログ。最近は窪田正孝出演作品感想に特化してます(笑)。

あの阿修羅像の「後ろ頭」を見たゾ!

 京橋で打ち合せを終えたあと、そのまま地下鉄に乗って上野へ行きました。日射しが眩しい上野恩賜公園を通り抜けて、着いたところは東京国立博物館。6月7日まで「国宝 阿修羅展」が開催されています。
 奈良にある「法相宗大本山 興福寺」の国宝館には三度ほど行ったことがあります。そのたびに、なにを置いても阿修羅像だけはしっかり拝覧してきました。では、なぜわざわざ上野まで出かけたのか。それは、阿修羅像の後ろ頭を観るためです!
 国宝館では展示の仕様で阿修羅像の背面は見えません。この像を360度見ることができるというのが、今回の特別展のウリだったんですね。


 ずっと気になっていたんですよ。左右を向いているあのふたつのお顔が、背面ではどうなっているのか。まあ、大方の予想どおり、ふたり分の太さがある首から左右のお顔が振り分けられているという感じでした。耳はそれぞれの横顔にちゃんとひとつずつついています。腰から背中、肩への流れが少年像らしくほっそりしているので、首が二倍太くても華奢に感じる不思議……。腕も細いですしね。
 正面から見ると、前を向いているお顔につい集中してしまって左右のお顔の造形が印象に残りにくいのですが、右から背面、左へと移動しながら視線を動かして行くと、表情の違いがよくわかります。正面も左右も、憂いを秘めながらも穏やかで、初々しく美しいお顔でした。


 展示照明で照らされた像が浮き上がるように、全体の照明が落とされた会場内には、阿修羅像を含む「乾漆八部衆像」は8体のうち6体、「十大弟子像」は現存する6体のうち5体が展示されていました。かわいい迦楼羅(かるら)像や三つ目の緊那羅(きんなら)像、頭に蛇を置いた沙羯羅(さから)像に久しぶりに会えて、楽しい気分にv
 ほかにも、藤原不比等の妻で光明皇后の母・橘三千代県犬養三千代)の念持仏と伝わる「阿弥陀三尊像」と「厨子」、「銅造華原磬(かげんけい)」と「婆羅門(ばらもん)立像」などなど、国宝がずらり。
 2007年に運慶作とわかった「釈迦如来座像」の頭部と両腕、光背の化仏・飛天をはじめ、1180(治承4)年、平重衡(たいらのしげひら)の兵火により興福寺が全焼したため、鎌倉時代に造り直された「薬王菩薩立像・薬上菩薩立像」、運慶の父・康慶の手による「四天王立像」4体など、重要文化財も展示されています。
 国宝館で目にしていたものがほとんどですが、展示方法が変われば、見え方も変わりますね。違った魅力に気づけたり、新たな発見があったりで、見ごたえがありました!


 まあね。2時間ほどで観て回れるだろうから、ちょっと行って来ようという気分でいたら、会場の「平成館」に入るまでに「館内混雑につき入館制限中。只今、90分待ち」の表示と長蛇の列。14:50に並んで、入館できたのが16:10。立ちっぱなしだったので足腰が痛くて集中できないうえに、どの展示物の前も人が多いこと、多いこと。ちょっと人酔いしちゃいました(苦笑)。観終わって出てきたら、18:00。……6月14日まで国立西洋美術館で開催している「ルーヴル美術館展 17世紀ヨーロッパ絵画」は、行かずにおいて正解かもしれない。
 あとね、図録がすごいです。A4ワイド判の布張りハードカバーで、304ページ。写真がたっぷり。2,500円の価値はあるか、と。



 興福寺は、710(和銅3)年、藤原不比等により藤原氏の氏寺として建立されました。
 もとは、669(天智8)年、藤原鎌足の病気平癒を祈願して夫人の鏡女王が京都山科に建立した「山階寺(やましなでら)」。壬申の乱ののち、藤原京に「厩坂寺(うまやさかでら)」の名で移され、さらに平城京への遷都に伴い、藤原不比等によって現在の場所に移築されました。


 来年の2010年は、平城遷都1300年。同じく、興福寺も創建1300年を迎えるということで、1717(享保2)年に焼失した中金堂の再建が計画されているのだとか。
 創建当初の中金堂は、東西36.3m、南北23m、最高高21.2m。二重屋根、裳階付きの寄せ棟造で、平城京大極殿(2010年春に「平城遷都1300年記念事業」として復元完成予定)並みの規模を誇ったそうです。当時の藤原氏の権勢がよくわかる事実ですが、新中金堂はその創建当初の姿を再現するとのこと。今は周辺に建物がぽつんぽつんとあるだけで伽藍の規模がよくわからない興福寺ですが、新中金堂が完成すれば、様相が一変しそうです。


 このたびの「国宝 阿修羅展」も、中金堂の再建事業の一環として企画されたもの。明治時代の中金堂基壇中の発掘調査で発見され、東京国立博物館興福寺に保存されていた、金の延板や銀器、水晶の宝飾品といった「七宝」からなる「鎮壇(ちんだん)具」が一堂に展示されていました。すべて国宝に指定されています。
 新中金堂は今秋にも着工の予定。11月7日には、建物の永続を願い、天平時代の様式に則って金の薄板(延板)、銀、瑠璃(青金石)、玻璃(水晶)、しゃこ(シャコ貝)、珊瑚(赤真珠)、瑪瑙の「七宝」と、米や麦などの穀物5種の「五穀」を鎮壇具として埋納する法要が行われるのだとか。完成は2015年の予定です。


 「国宝 阿修羅展」は、このあと、福岡県太宰府市九州国立博物館にて開催されます。期間は7月14日〜9月27日とのことなので、お近くの方は「阿修羅像の後ろ頭」を拝みに行かれてみてはいかがでしょう。


朝日新聞社「国宝 阿修羅展」
http://www.asahi.com/ashura/

東京国立博物館興福寺創建1300年記念『国宝 阿修羅展』」
http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=A01&processId=02&event_id=6113

法相宗大本山 興福寺」サイト
http://www.kohfukuji.com/

平城遷都1300年祭」サイト

http://www.1300.jp/