Diary For Paranoid @ hatena

思いつくまま書くブログ。最近は窪田正孝出演作品感想に特化してます(笑)。

「たんぽぽクレーター」は現実の恐怖に限りなく近いファンタジー

 昨日の記事を書いていたら、「ぽぽクレ」シリーズについてもう少しくわしく書きたくなってしまった。じ、時間泥棒…… orz。


 『ものまね鳥シンフォニー』と『小さき花や小さき花びら』は「もうひとつのたんぽぽクレーター」シリーズと呼ばれる作品で、小学館の「プチフラワー」に連載された『たんぽぽクレーター』の前日譚です。
 『たんぽぽクレーター』は、エネルギーを原子力に頼る時代に放射能汚染で苦しむ人びと、特に子どもたちを月面につくられた総合医療都市「たんぽぽクレーター」に収容し、救おうと奮闘する人々の物語。地球の国際企業10社の協力により民間レベルで運営されているため、ときには地球では禁じられている治療を行なうことも。やがて、こんな言葉が囁かれるようになります。
 「たんぽぽクレーターに来れば、どんな子どもでも元気になれるよ」。


 それは、2007年秋のこと。軍事衛星の高出力レーザー兵器の実験が行われました。その影響により、地球の環境は激変し、擬似氷河期状態に陥ります。月から見る地球は、あの生命力に満ちた青い星の面影さえない、氷に覆われた白い星。氷点下数十度の地球からの連絡は途絶え、月で働く人びとは地球に残した家族や友人、そして故郷を失う恐怖にパニックに陥ります。
 地球からの物資輸送も絶え、困窮した人びとは、難病の子どもたちを多く抱える医療都市にも襲いかかります。原子炉が止まり、電力供給を失った「たんぽぽクレーター」が持ちこたえられるのは、わずか4時間。
 15歳で大学の医学課程を終え、「たんぽぽクレーター」のインターンとして働くジョイことジョイス・C・マクローフリンは、ひとりの子どもを犠牲にして、ほかの患者やスタッフを救うという決断を迫られ、葛藤します。
 子どもたちを救う立場である自分が、子どもを死なせる決断を迫られる。──そんなことが二度と起きないように。
 ジョイは廃棄された太陽光発電用車両を見つけ、原子炉の代わりに使えるよう、手作業で太陽電池パネルをつないでいきます。そこに不法投棄された放射性物質があるとも知らずに……。


 『ものまね鳥シンフォニー』は、この『たんぽぽクレーター』以前の「たんぽぽクレーター」建設中の物語です。
 楽器工場に偽装された軍の化学兵器工場から溢れ出した毒の風。その日、「ミュージックタウン」と呼ばれた、ジョージア州のひとつの町が死に絶えました。夫と妊娠中の子どもを失ったキャロライン・マクローフリンは、ファージィ・ジェンキンスの招きでマックギルベリー月面研究所に収容されます。
 キャロラインとファージィは、PK(念動力)の制御法を教える教育機関で共に過ごした、姉弟のような関係。破壊傾向にある自分の念動力を持て余していたファージィは、自分と同じくらいハイパワーの念動力者に制御を教わるため、研究所に滞在していたのでした。
 キャロラインはそこで「たんぽぽクレーター」の院長マックギルベリーと捨て子のジョイ、そして念動力を駆使してたったひとりで「たんぽぽクレーター」を建設している、超能力者でサイボーグのハインリヒ・ハイ・ファイに出会います。


 夫の実家が軍関係者であるために、被害者として訴訟に関わることを拒否し、月の上で沈黙するキャロライン。しかし、ファイ・ハイの助力で念動力を制御できるようになったファージィが、否定するばかりだった自分の力をようやく「いいもの」と受けとめ、今では「たんぽぽクレーター」の建設を手伝っている、その生き生きとした表情や、ファージィという手伝いができて楽になったというハイ・ファイの言葉から、自分にもできることがあるのでは、と手探りをはじめます。
 毒ガスの後遺症で両手が動かないものの、精密動作を得意とする念動力者である彼女は、研究所の掃除・洗濯・料理といった家事から、「たんぽぽクレーター」内の施設の内装工事まで一手に引き受け、大活躍! やがてジョイが聴覚器官をもたない聾唖者であること、またハイ・ファイのサイボーグの耳が雑音ばかりが聞こえる難聴状態であることを知り、キャロラインはふたりに音楽を聞かせたいと願うようになります。
 動かない手に代わる念動力による音楽。それは人の動きをトレースしただけの、ものまね鳥の歌のようなものかもしれない。音楽とは認められないものかもしれない。でも、安らぎを楽しさを喜びをもたらす音楽を届けたい人がいるから、楽器を演奏したい。
 キャロラインの念動力が生み出す音は、聴覚器官をもたない耳にも聞こえ、月の真空にも伝わる、直接に人びとの心に響くクリアでピュアでシュアな「なにか」でした。ヴァイオリンひとつから弦楽四重奏、室内管弦楽、そして大編成オーケストラへ。キャロラインの音楽は月どころか、地球にまで響くようになります。
 最初はジョイとハイ・ファイのためだった。でも今はあの失われた街、自分を守って亡くなった夫、そしてその悲しみを抱えて沈黙するしかなかった自分のために……。ようやく過去を受け入れ、未来を見ることができるようになった彼女はジョイに言います。「あなたのお母さんになれるかしら」。


 『小さき花や小さき花びら』は、キャロラインの息子となったジョイが成長し、インターンとして「たんぽぽクレーター」にやってくるところから始まります。
 なぜ「たんぽぽクレーター」に子どもが多いのか。それは、1999年にニューヨークで起こったミニ水爆の誤爆事故で、放射能を浴びながら命を賭して子どもたちを助けた旧友の遺言があったから。「ニューヨークっ子を、あなたは見捨てないでください」。満地球の美しい夜、マックギルベリー院長はその青と同じ青い目をしたサイボーグのことを思い出します。
 しかしながら、思うように動かないのが子ども。8人兄弟の養親を探そうにも、全員いっしょというのは難しく、しかし子どもたちは離れ離れはイヤだと反抗的。悪ガキどものボスは、なぜかネコをいじめてばかり。拳を握りしめたまま、動くことも話すこともしない少女。熱湯を浴びせられ、皮膚移植が完了した少女の、親の虐待を問う裁判。爆破テロで足を失った少年のリハビリ。
 さらに、娘を病気で失い、寄付を打ち切ると言ってきた出資者。子どもを暴力でしつけようとする新入り医師。
 どれもこれもが難問で、到着するはずのインターン、なつかしのジョイは行方不明。マックギルベリーは、満地球に旧友の約束を思います。──いつかあなたの時間が動かなくなったとき、(私の残留思念で)動かしてあげます。「なにも動かないということは、まだまいっていないということなのだろう」。
 忙しい日々のなか、見落とし、見失い、気づかずにいることがたくさん。いつしか「気づき」の心を失っていたことに気づいたとき、やさしい残留思念の波がマックギルベリーに見せたものは……。


 『空の上のアレン』は、より以前の物語。飛行能力をもつ超能力者アレンの、超音速への挑戦が描かれます。
 筒井氏の真骨頂、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての軍用機が次々に登場するのが楽しい作品。夜空に道を失ったアレンを、リンドバーグのスピリット・オブ・セントルイス号からライト兄弟のライトフライヤー号、果てはイカロスに至るまで、飛行を目指した者たちが導くさまに感動!
 その裏では、北方のノルランド国の政変がらみの陰謀が進行。ハイ・ファイがサイボーグになった理由やマックギルベリーとの出会い、そしてアメリカ海軍の航空母艦原子力空母エンタープレイズがマックギルベリー月面研究所として月に上がった経緯などがわかったり……。
 「ハイ・ファイ年代記(クロニクル)」として見ると、『小さき花や小さき花びら』と時間的なパラドックスがあるけれど、気にしない。いわゆる、ひとつの平行宇宙(笑)。


 一連の作品のメインキャラクターのひとり、ハインリヒ・ハイ・ファイと、アメリカのTVドラマ『Beauty & The Beast美女と野獣)』のヴィンセント。このふたりのおかげで、シェイクスピアやブラウニング、ブレイク、ワーズワースリルケ、カミングスなどの詩に興味をもったのでした。


 Ye that pipe and ye that play,
 Ye that through your hearts to-day
 Feel the gladness of the May!
 What though the radiance which was once so bright
 Be now for ever taken from my sight,
 Though nothing can bring back the hour
 Of splendour in the grass, of glory in the flower;
 We will grieve not, rather find
 Strength in what remains behind;


 「笛吹くものよ、戯(たわむ)るるものよ
  今日、5月のよろこびを
  全身に感ずるものよ
  かつて輝やかしかりしもの
  今やわが眼より永(とこし)えに消え失せたりとも
  はた、草には光輝、花には栄光ある
  時代を取り返すこと能(あた)わずとても何かせん
  われら悲しまず、寧(むし)ろ
  後に残れるものに力を見出さん」


William Wordsworth(「536. Ode Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」より抜粋)


 『小さき花や小さき花びら』の第一章でいちばん印象的なシーンの背景に綴られたワーズワースの詩。『Beauty & The Beast』でも、ヴィンセントが低く響く青銅の声で口ずさみます。
 筒井作品には魅力的なキャラクターが多々登場しますが、この詩を聞くと涙がにじむくらい、ハイ・ファイのことが好きでした(いや、今でも好きですが!)。


 月面クレーターにつくられた総合医療都市というSFな設定。毒気のない、かわいらしく、ファンタジーめいた容姿のキャラクターたち。アメリカ文学に多大に影響を受けたと思われる、ネーミングやエピソードの数々。
 やわらかい印象の画稿に描かれる事象は、しかし「いつか起こりそうな」現実の恐怖。そこから生まれる悲劇や感情の迸りもまた、いつか私たちが遭遇しそうなことに感じます。
 「地球崩壊の予言書」めいた恐さと追い詰められたキャラクターたちの感情のリアルさと、それをやわらかくオブラートに包んでしまう絵柄と子どもたちに託された未来を感じる明るさ。これらが不思議に混ざり合って感動をつくりあげているところが、筒井作品のたまらない魅力です。

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Beauty and the Beast

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